インタビュー

やりたいこと、全部やる人生の選びかた <前編>

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希望の仕事を掴むためにやったこと

40代女性といえば、ココロとカラダ、そして自分を取り巻く環境も大きく変化する時期。人生の折り返し地点が見えてくることで、「私は本当にこのままでいいの?」「残りの人生をどう生きていくべき?」と、自分のこれまでの人生やアイデンティティーについて悩んだり不安に感じたりする人が増えると言われています。

”ミッドライフ・クライシス”、”第二の思春期”とも言われる40代の葛藤時期を、時には立ち止まりながらもしなやかにたくましく乗り越えてきた経験を、アネフォー(姉フォー)と呼ばれる40代後半の先輩女性に聞いてみたい。そんな思いから、このインタビュー特集を始めました。

登場するのは、キラキラしたハイパーエリートでもなく、雑誌に出てくるような良妻賢母でもなく、どこにでもいる普通の女性。会社で隣りに座っているちょっと憧れの先輩、というイメージでしょうか。

「いつも前向きですごいと思っていたけど、実は私と同じように悩んでいたんだな」とか「がんばれば私にも真似できそう」って勇気をもらえる体験談をたくさんお聞きしました。

CCCMKホールディングス株式会社でマーケティングコンサルタントとして働く北野 有希子さん。これまで約20年間社内異動を繰り返しながら希望の仕事をつかみ取ってきた、私が尊敬する女性です。

「やりたいことは全部やり切る人生でありたい」と言う北野さんが、どのようにして自分のキャリアをデザインしてきたのか教えてくれました。

北野 有希子(きたの ゆきこ)さん
出身:大阪府
エニアグラムタイプ:7 楽天家(楽しさと刺激を求める冒険家)
職業:会社員(マーケティング会社のコンサルタント)

北野さんと私の出会いは20年前。私が20代後半で中途入社したカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社で、DVDのバイヤーとして働いていたのが、同じく当時20代後半の北野さんでした。

今のお仕事を教えてください。

クライアント企業様向けにコンサルティングの仕事をしています。自社の商品サービスとクライアント企業をつないで、クライアントの利益を生み出すのがミッションですね。1年前に異動してきたばかりで慣れない部分も多く、さぐりさぐりやってます(笑)

元々はDVDを買い付けるバイヤーとして今の会社に入社したのですが、20年経った今はまったく違う仕事をしています。会社名も違いますね。うちの会社はいろんなグループ会社があって、出向や転籍も多いんですよ。なので毎年名刺が変わってます(苦笑)

これまでのキャリアを振り返る

北野さんにこれまでの歩みをお話しいただくにあたり、その時々の感情の動きを表す「ライフラインチャート」を書いていただきました。横軸が年齢、縦軸がモチベーションや満足度、幸福度です。北野さんのキャリアのターニングポイントはいつだったのでしょうか?

北野さんのライフラインチャート

山あり谷ありのライフラインチャートですね。

実際にライフラインチャートを書いてみて…、いろんなアップダウンがありました。その時々で感情やコンディションも揺れ動きますよね。

新卒は、エフワンという紳士服の小売会社。販促マーケティングの部署でチラシやリーフレットなどの販促物を作っていました。

入社後しばらくは社会人生活を堪能していたのですが、数年するとだんだん働くのが嫌になっちゃって(笑)モチベーショングラフがガクッと下がってます。

社会人3年目かな、フリーランスになろうと思ったんですよ。1999年とか2000年頃。当時SOHO(※ソーホー:Small Office/Home Officeの頭文字を取った言葉で、時間や場所にとらわれない新しいワークスタイル)とかフリーランスのブームが来ていたんです。で、私も「会社員は嫌だ!」って思って。「IllustratorやPhotoshopを使いこなすフリーランスになったんねん!」と、新卒で入った会社を退職しました。

退職後、DTPオペレーターの勉強をしていたのですが、ちょうどその頃母が体を壊して倒れてしまって。「このままフリーターをしてたらあかんな」と思い、まずは派遣スタッフとして働くことにしました。それが今の会社です。その後正社員登用もされてもう20年以上ですか。もし母が倒れていなければ、こんなに長く今の会社に勤めていなかったかもしれません。

それは運命ですね。20代後半でグラフが上がったのはその頃ですか?

はい、最初は映画などのDVDのバイイングを担当しました。入社後しばらくは仕事を覚えるのに必死でしたが、同じくらい仕事が楽しかったです。一緒に働く仲間も増え、やりがいも感じられました。20代後半でグラフが少しずつ上がってきたのはそのためですね。

その後30代目前に、仕事にも慣れて少しモチベーションが停滞しちゃったんです。もっとステップアップしたいと思い、店舗運営を指導するスーパーバイザーの職に異動願いを出しました。何度目かの異動願いでようやく希望が叶ったので、モチベーションがMAXに上がっています。自分で希望して、自分から動いてキャリアチェンジできた。これが私にとっての”キャリアのターニングポイント”です。

念願の異動が叶って満足度MAX

あきらめず手を上げ続けて、希望の仕事をつかみ取ったのですね。

そうですね。新しい仕事を学んで成果を上げるためには苦労もありました。なので少しグラフは下がっていますが、基本的にはやりたい仕事を自分で選んでそれができているわけなので、多忙ながらも充実の日々を過ごせました。

その後、30代から40代前半は社内異動でいろんな職種を経験しました。30代中盤にはスーパーバイザーから書籍のMDの仕事に変わったのですが、30代にして初めて東京で働く経験を得ました。これも自分で異動願いを出し希望を叶えた結果で、2度目の”キャリアのターニングポイント”ですね。いつも自分の足りないところ、学びたいこと、これから成長する分野を考えて、新しい道を選択するようにしています。

勤務地も大阪から始まり、広島、東京。都内でも何箇所かの事業所で勤務しました。キャリアチェンジの都度、新しいことを学べたり、実績を出すこともできて、毎日仕事がおもしろかったです。

そんな中、40代中盤でグラフが急降下しています。何があったのですか?

うーん…。

会社にやりなさいと言われた仕事が、自分として納得できない仕事だったんです。会社員だからやらないといけない、でもやりたくない。葛藤がありました。気持ちは絶不調で、かなり落ち込んでいましたね。

実は…、転職も考えたんです。もう会社辞めようと思って。

で、そのことを信頼できる会社の先輩に相談しました。というか泣きつきました、夜中にLINEして(苦笑)

その時先輩に言われたのが「ちょっと待ちなよ、北野さん。転職するのは今じゃないよ。だったらうちの部署においでよ。」

そして私が異動できるようにいろいろ動いてくださって、無事に先輩の部署に移籍できました。そのおかげで気持ちが持ち直した、という感じです。

本当にあの時先輩に泣きついて良かった。昔なら自分一人でなんとかしなきゃいけないと思っていたかもしれないけど、私も大人になったのでしょうか(笑)

北野さんは、社内異動でうまくキャリアチェンジしている印象があります。

よくWill-Can-Mustと言いますが、会社が自分に求めること、自分がやりたいこと、できることのギャップは、誰にでもあります。

私の場合、ギャップがあればそれを埋めるように動いて、それが埋まってきたらまた次の可能性を広げてみたいので社内異動してフィールドを変える。その積み重ねがこのライフラインチャートのアップダウンになっているのだと思います。

私は毎年自己申告の時期に、今の仕事は本当に自分がやりたいことなのかを定期的に棚卸ししています。今の仕事を続けたいと思ったら来年も継続する。そろそろ新しいことをしたいと思ったら、臆せず自己申告に希望を書く。次のステップに進みたい理由と一緒に、やりたい仕事を申告するようにしています。

もちろん「異動したい」と言ったからといって、すぐに希望の部署に行けるとは限りません。私が最初に異動希望を叶えた時も、2〜3年は自己申告を会社に出し続けていたし、「あの仕事がしたい」といろんな人に言い続けていました。あきらめずに言い続けることが大切ですよね。

印象に残っている仕事

悩んだり落ち込んだり紆余曲折しながらも、会社任せにせず自分でキャリアを切り拓いてきた北野さん。様々な経験を積んだ中で、特に印象深い仕事について伺いました。

これまでで一番おもしろかった仕事は何ですか?

30代前半で、自分で願い出て希望の仕事に異動したときですね。新しい店舗を立ち上げたり売場を作ったりするスーパーバイザーの仕事です。

クライアント様と何度も商談を重ね、出店立地や店舗コンセプト、商品構成などを一つひとつ吟味しながら、ゼロから新しいものを生み出して世に送り出す仕事は、カタチに残る仕事でとても充実していました。お店がオープンして、来店されたお客様の顔を見ることができるのもやりがいでした。

新しいものを生み出すと言えば、形は違いますが新卒でやった販促の仕事もそうですね。元々アートが好きで、その影響もあるのかな。チラシを作るときも、商品撮影をして、チラシのレイアウトやデザインを考えて、お客様に配布するだけじゃなく店頭POPでも使えるツールにしたりして。そういう仕事は楽しかったですね。

逆に、しくじりエピソードはありますか?

仕事のしくじりエピソードは大量にあります(笑)

新卒で働いていた会社は当時わりとアナログで、顧客企業をお招きする会合のご案内を封書でお送りしていました。大量の封書を目の前に「スピードが命だ!」と思ってざっと書面を折ってざっと封筒に入れてざっと投函したのですが、そしたら…ご想像がつくかと思いますが(笑)宛名と中身を間違えていました。新卒入社2〜3ヶ月目でのやらかしだったのでなんとか見逃してもらえましたが、思い出しても冷や汗ものですね。

今の会社でもやらかしてますよ。転職して最初にやったバイヤーの仕事で、商品発注をしていたとき。自分がシステムに入力した数がお店に納品されるんですが…、これもご想像どおり、10と入力すべきところを100と打って、お店に大量によくわからない商品が届くとかね。これ、一度ならず数回はやらかしてます(苦笑)

自分の隠れた才能・スキルに気づくために

誤発注…私も当時よくやらかして北野さんにご指導いただきました。懐かしい(笑)次に、自分の意外な才能やスキルを発見した経験について聞いてみました。どんなきっかけで何を見つけたのでしょうか。

「意外と私、才能あるな」と思うことは何ですか?

うーん、ちょっと質問の主旨とずれるかもしれないけれど。不得意だったけど得意になったものはあります。

プレゼンが苦手だったんです、ずっと。元々積極的に自分から話す性格でもなかったですし。おとなしくて、意見を求められても自分からは発言しないタイプでした。

でも場数を踏むことで、プレゼンや会議の司会、ファシリテーターの仕事も徐々にできるようになりました。お客様、クライアント様に伝えたいことは何かを考え、相手の立場に立ってどう話そうか意識できるようになってから、だんだん上手になったかな。相手に伝わった実感が持てたり、喜んでもらえたり、という場面が増えました。

意外な才能、というか、成長したからできるようになったこと、ですかね。

苦手を克服できたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

きっかけは、先ほども話した30代前半での社内異動。その仕事がしたくて異動させてもらって、仕事自体はとてもおもしろかったのですが、苦手だったプレゼンの機会も増えてしまって。希望が叶った仕事に就いたのにライフラインチャートが少し下がったのは、そのせいです。

自分の企画が通らない、提案が通らない。そんな現実をなんとかしたくて、プレゼンの練習を積みました。資料を読み込む、シナリオを書き出す、暗記する、誰かに聞いてもらう。自分の話す様子を録音して聞いてみるとか。やったことは地味ですけど、そのおかげで苦手意識が克服できたのではないでしょうか。

相手にとってのわかりやすさを追求する。これを常に心がけるようになれたのは、成長したことと言っていいかなと思います。

My favorite

人生に影響を与えた映画・本

読書家の北野さんの本は付箋がびっしり

本やDVDのバイヤーの仕事をしていたほどエンタメ知識が豊富な北野さん。「人生のターニングポイントで影響を与えた映画・本」を3つあげてもらいました。迷いに迷って決めてくれたリストをご覧ください!

  • タイタニック / ジェームズ・キャメロン(監督)
北野さん
北野さん

言わずとしれた有名な映画ですが・・・ぼんやり生きていた20代に衝撃でした。今を大切に思いやりを持って生きなければならない。やりたいことを人生でやり切ることが大切だと学びました。

  • お金は銀行に預けるな /勝間和代(著)
北野さん
北野さん

貯金が全然できなかった時代に衝撃を受けた本。自分で情報を集め確かめて学ぶ。それを活かしてトライ&エラーを繰り返していくことの大切さを知りました。

  • 人新世の「資本論」/斎藤 幸平(著)
北野さん
北野さん

コロナ禍で「この社会やばいな…」と思った時に、よりよい社会にするにはどうしたらいいかを学びました。

インタビューは後編に続きます。後編では北野さんのプライベートでの素顔に迫り、「新しいことに軽やかに挑戦する秘訣」をお聞きします!

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